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21 . October
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06 . September


可憐な笑顔の下には、負けん気の強い素顔が隠されている。ルーキーイヤーから2年連続でオールWNBAファーストチームに選出されたスー・バードは、現在WNBAを代表するポイントガードと言えるだろう。名門コネチカット大学で2回のNCAA優勝を果し、4年時には全米最優秀選手に選出。2002年のWNBAドラフトではNo.1ピックを持っていたシアトル・ストームが躊躇なくバードをピック。その期待に応えて、一躍リーグを代表する選手に躍り出た。カレッジ時代からファンも多く、リサ・レスリーなどと並んで、WNBAの顔としてCMなどでも活躍している。


スー・バードはニューヨーク州ロングアイランドのサイオセットという町に生まれた。2年生のときに、姉の影響でプレーを始めたが、その才能はずば抜けていた。11歳のとき、地元のカレッジゲームのハーフタイムにプレーしていたスーに、それを見ていた警備員がサインをねだったという逸話がある。生まれて初めてサインをねだられて不思議な顔をしている少女に、その警備員は「君はいつかすごい選手になるよ」と言ったという。 スーが15歳のとき、両親は離婚することになった。そしてスーの才能を認めた母は、クイーンズへ引越し、スーは強豪校キリスト・ザ・キング高に転校した。同校はシャ ミーク・ホールズクローが卒業した高校である。スーは、両親の離婚、そして新しい環境への変化というチャレンジを乗り越え、チームリーダーとして州選手権で2度の優勝を果し、名門コネチカット大学へと進学することとなった。

97年にコネチカット大学に入学したスー、スウィン・キャッシュ、エイジャ・ ジョーンズ、タミカ・ウィリアムスは、全米最高のリクルーティングクラスと呼ばれ、スーのカレッジ生活も順風満帆に見えた。しかし、1年生のシーズン初めに膝を怪我してしまい、結局ほとんどプレーできない日々が続いた。しかし、ベンチからゲームを見ることによって、よりバスケットボールが理解出来るようになった。2年生になったスーは、早速リーダーシップを発揮し、チームを上昇気運に乗せていった。怪我を押して出場したビッグイースト・トーナメント決勝では、優勝を決めるブザービーターを放つなどチームの主役として大活躍し、NCAAトーナメントでも95年以来2度目の優勝をチームにもたらした。

スーが4年生になった年、4人のシニアに2年生のダイアナ・タラージを加えたチームは、正に無敵を誇った。女子カレッジ史上最強のチームとみなされることもあるこのチームは、ファイナルフォーで長年のライバルテネシー大を23点差で撃破すると、決勝でもステイシー・デイルス率いるオクラホマ大を危なげなく下し、コネチカット大学3度目の優勝を39戦全勝のパーフェクトシーズンで飾った。スーはこの年、ありとあらゆる賞を総なめにし、WNBAドラフトでシアトル・ストームに全体1位で指名された。ストームには前年のドラフトで入団したオーストラリア人センター、ローレン・ジャクソンがおり、スーとローレンのコンビは早速ストームを初のプレイオフへと導いた。

広いビジョンから繰り出される見事なパスワーク、正確に放たれる3ポイント、そして強烈なリーダーシップ。ポイントガードに必要な資質をすべて備えたスーは、これから何年もWNBAの看板選手として活躍し続けるだろう。

(Last Update 2004/1/5)
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